ハガキ

「入院した人に ハガキを書いたらいいよ」

 致知に載ったこの言葉を読んだのがキッカケだった
30年前 昭和62年 初めて致知に載った
坂田道信さんの記事を読んで、感動した...

出版社に電話して、住所を聞いて、ハガキを出した

そのときの坂田さんからの返信のハガキ
切手代が40円

 (30年前のハガキ、まだ講演を始めたころだったので
名前が「坂田成美」さん)

この日から「複写ハガキ」を始めた
最初のころは、1日 3枚 年間1,000枚
一番多いときで年間 3000~4000枚 + 手紙
携帯なんてなかった時代

 最初は仕事の見返りを期待して始めた
けっこう効果があった

 でもなかなか続きませんでした
続けるために毎月100枚ずつハガキを購入
複写ハガキの控えも200冊一度に買った
続けるために大量購入した

返信があるのは、100枚出して2~3枚あるかないか
それよりも、すぐに出す相手がいなくなった


不思議なことに
続かなくなると、朝一番の空港のロビーで
ベンチに座ってハガキを書く坂田さんに出会う
パーティに行くと、ゲストが坂田さん
東京に引っ越してすぐ別の方の講演会に行ったら
坂田さんもた来ていた。
こんなことが、何度も続いた


そのうち「ハガキが、営業マンになってくれた」
年中無休で、50円で全国各地へ、
私に代わって営業に行ってくれる

ハガキがご縁で、いろいろな方とご縁をいただいた。
亡くなられたけど金平敬之助さんともハガキがご縁で、
何度も書籍でとりあげていただいた。


最近は「複写ハガキ」を使わないで書くことが多くなった
「ハガキは書くものではなくて、
書かせていただくものです」(坂田道信さん)
ようやく意味がわかったのが、5千枚を超えたころ
(控えが100冊を越えたころ)

 最初のころは返信がないと「さみしかった」

イエローハットの鍵山さんに知り合ったころ
ハガキを書いたら、小冊子が返ってきた
鍵山さんからいただいた冊子は、
50冊を越えていた。

そのうち気に入った冊子は、
自分でも買って、同じように配った。
1回200冊くらい単位で買ってたから
1000冊以上配ったかも


「ハガキは、書かせていただくもの」

という言葉の意味が理解できたときから、
返信がないことが気にならなくなってきた


大学を卒業して家を出てから、
寝たりきりの祖母に出したハガキは部屋に貼ってあったり
バインダーでいれて全部置いてあった
「お葬式のとき、一緒に入れて欲しい」ということで
1,000枚を超えていた

入院中の母に毎日書いたハガキも
500枚を超えていた

私が書いたハガキを30年大切にしてくれている人がいることを知ったとき
は、うれしいかった

秘かににコレクションしてくれている方もいるし・・・

6月1日からまた値上がりしたけど
書ける限り続けます

趣味のひとつですから・・・

返事は気にせず、もらってやってください
返信はいりません

でもやっぱり
ポストを開けたとき
ハガキが入っているとなぜかうれしい

どっちやねん!


最近のお気に入り 2種
 
 

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